三遊亭円朝の遺言

三遊亭円朝の遺言 の詳細

落語の名跡、三遊亭円朝を管理する著者の1980年代から90年代の芸談、円朝に関するエピソードも多く、落語好きには興味深い本だと思う。著者の祖父は京橋大根河岸の三周、三河屋周吉。元徳川家御直参旗本藤浦周吉が維新の後に開いた青物問屋の主。生前円朝の面倒を多く見たことから、円朝の死後、その名跡である「円朝」を三遊派宗家で預かり、藤浦家は円朝名跡継承者となった。「真景累ヶ淵」を世間では怪談と言っているがそうではない、だから幽霊は出てこない。新吉が悪いことをして心がとがめるからお久の顔が豊志賀にみえる。新吉だけに見えて他の人には見えない。これは神経がおかしい、そして円朝は神経すなわち真景と銘打ったと。悪いことをする人の心やそれをめぐる因果といったものを面白くやらなければならない。これを湿っぽく陰気にやったんでは元も子もない。総じて、怪談というのはお客を怖がらせようと思ってやってはいけない。淡々と陽気に面白おかしくやって、それでお客を怖がらせなければならない。そうやってお客が怖がらない時はどうするか、そういう時は怪談をやるのを諦めることだと円朝は言って笑ったと。初めて聞いた話でとても興味深い。歌舞伎の怪談がケレンに富んで陽気な背景がなんとなく判った様に思います。文七元結の話の起源も面白い。藤浦周吉の家で伊藤博文、井上馨、黒田清隆、西郷従道が集まった際に、伊藤博文が円朝に「江戸っ子の見本が出て来る噺を作ってみては」と。そして、周吉が「わざと善人ばかりで悪人を一人も出さず、それで山場があってメリハリに効いたものを」といって、この噺が出来た。長兵衛は周吉の若い頃、近江屋卯兵衛は周吉が大根河岸一番の大問屋になったからを写したと。著者の父、藤浦富太郎は円朝は誰にも継がせないと言っていたそうである。但し、著者はそれなりの風格もある人がいたら継がせても良いと思っている。でも晩年の三遊亭圓生は著者の目には叶わなかった。著者の息子は落語に関心がないからどうでもいいと。著者は圓生に冷たい感じだが、評者が圓生の落語を実際に聴いて「円朝」を継ぐなら圓生しかいないと当時感じた。現在の三遊亭一門を見ていると、円朝を継げるという噺家はまだいないのかなと思います。1980年代から90年代の著者の芸談は昔を振り返る上で楽しいですが、現時点から振り返ると普遍性は少なく、レトロ感満載。図書館・中古本で読むしかなく、復刊は難しいだろうなと思います。